天文学を楽しむ

  1. ホーム
  2. 天文学を楽しむ
  3. 天文学のすすめ

天文学のすすめ

「大学で学ぶ天文学」もご参照ください

天文学のすすめ[1]

公益社団法人 日本天文学会
2021年1月1日

 宇宙そのものとその中にある全ての天体の起源と進化と性質、およびそこで起きるさまざまな現象を理解することが天文学[2]の目標です。天文学は人類の歴史で最古の学問の一つですが、20世紀後半とくに21世紀に入ってからの発展はめざましく、他の学問分野との新たな関わりも生まれています。この文書では、まず天文学の対象の変化と近年の研究手法に簡単にふれた後で、天文学の特性に基づいて天文学を学ぶ意義を述べます。

(天文学の対象と研究手段)

 天文学の対象は、その現場に行って測定することができず、また条件をいろいろに制御して実験をすることができないものです。惑星探査機等の登場によって、太陽を除く太陽系内の天体は、現場やその近くで観測ができるようになり、それらの多くは天文学というより惑星科学の主要な対象となりました。また近年続々と発見されている、太陽以外の恒星の周りを回る太陽系外惑星は、天文学の新たな対象ですが、惑星科学、生物学、化学など広い分野を含む宇宙生物学の対象ともなっています。
 天文学の研究手法は、対象から地球に届くさまざまな情報を収集し分析する受動的な方法です。宇宙から届く情報を得るための観測手段として最も歴史の古いものは電磁波です。中でも可視光線は古代から夜空の観測の主役でした。現在では、電波、赤外線、可視光線、紫外線、X線、ガンマ線という電磁波の全ての波長に渡って天体を観測することができます。さらに電磁波以外に、20世紀になってからは宇宙線やニュートリノなど宇宙から届く粒子と、2015年にはじめて検出された重力波が観測手段に加わりました。これらの手段を宇宙からの情報を伝えるメッセンジャー(配達人)とみなして、多様な情報を総合して宇宙を解明する現代天文学の手法を「マルチメッセンジャー天文学」と言うことがあります。
 研究手段としてコンピュータは現代天文学に欠かせません。天文学では実験ができないので、観測結果をコンピュータシミュレーション(模擬実験)の予測と比較することが重要な研究手法となります。模擬実験は、物理法則に基づく理論モデルを作り、条件や仮定をさまざまに変えて行われます。コンピュータが「理論の望遠鏡」と呼ばれることがあるのはこのためです。また、さまざまなメッセンジャーからもたらされるデータを整理統合した大規模データベースとその分析は新たな発見の宝庫となりますが、これはコンピュータなしではできません。さらに、実験室で宇宙の極限環境に近い状態を作りだし、宇宙にしか存在しない分子や固体微粒子を生成しその性質を調べる実験宇宙物理学も現代天文学の重要な研究手法となっています。

 ここからは、天文学という学問の持つ特性に基づいて、天文学を学ぶことにどのような意義があるか考えて見ます。

(ユニバーサルな視点)

 天文学は「広い視野をもつユニバーサルな視点」を身につけやすい学問です。宇宙の空間スケールは、地球(104km)からはじまって太陽系、銀河系、銀河群・銀河団、宇宙大規模構造から観測できる宇宙全域(1023km以上)へとわたります。また時間スケールは、宇宙誕生から現在までの138億年(4×1017秒)に現在から宇宙の遠い未来まで加えた長い長い時間になります。また宇宙には、極高温から極低温、極高密度から極希薄、極高エネルギーから極低エネルギーなど、物理状態においてもきわめて広い範囲が存在し、しかも多様な組み合わせを見せてくれます。このような広大なスケールと多様な状態を理解すれば、全宇宙的(ユニバーサル)な視点に立って、その中に自らを置く、あるいは自らの思考を位置付けることができるようになります。今日、社会ではグローバルな視点の重要さが語られていますが、「グローバル」は「国境を越えた世界的な」視点を指します。天文学を学べばグローバルを超えたユニバーサルな視点を持つことができるでしょう。天文学で学んだことと社会との関連を注意深く考察すれば、地球温暖化や地球環境の問題にも新しい見方が持てるはずですし、社会のインクルーシブ[3]な発展の重要性にも気づくことでしょう。

(多様な学問分野への入り口)

 天文学は、研究の手段として物理学、化学、数学、計算機科学、統計学など幅広い理学の分野を駆使します。理学の中でも、公理を扱う数学、法則を扱う物理学や化学とは違い、宇宙の始まりや太陽系の始まりとそれらの行く末および我々がその中で暮らす宇宙を扱うことから、生物学、地質学、地球物理学、環境学などとも強いつながりを持っています。また、天文観測にはさまざまな先端的工学技術やデータ解析技術が使われており、工学の諸分野やデータサイエンスも天文学の発展に欠かせません。これらの多様な学問分野への入り口となったり、多様な関心を持つ人が宇宙に興味を持つきっかけになったりするために、大学で天文学の基礎をできるだけ多くの学生に学んで欲しいのです。多くの人にとって系統的に天文学を学ぶ最初で最後の機会になるでしょう。

(世界観・宇宙観の醸成)

 天文学は「世界観・宇宙観の醸成」につながる学問です。大学で天文学の基礎を、理系以外の学部も含めすべての学生に学んで欲しい理由はここにあります。「世界はどのようになっているのか」という問いは人類にとって永遠の疑問であり、関心の対象です。最古の学問の一つである天文学は、古代から人類の世界観(宇宙観)や哲学思想と密接な関わりを持っていました。天動説から地動説への「コペルニクス的転回」、銀河系と銀河の発見、膨張宇宙の発見、太陽など恒星のエネルギー源が核融合反応であることの発見、などなどから新しい世界観がもたらされました。天文学は現在二つの大きな謎を持っています。一つは、重力(万有引力)を及ぼすことは確認されているものの正体不明のダークマター(暗黒物質)、もう一つは、引力と反対の斥力効果をもつこれも全く正体不明のダークエネルギー(暗黒エネルギー)です。これらのどちらか一つでもその正体が分かれば、人類の世界観は大きく変わるでしょう。また、太陽系外惑星の中に第二の地球を発見し、そこに生命の手がかりを見いだせば、それも間違いなく人類の世界観に大きな影響を与えるでしょう。2019年のノーベル物理学賞が、太陽系外惑星を最初に発見したミシェル・マイヨールとディディエ・ケローに与えられたのはそのことを象徴しています。重力波の観測によりブラックホールが多数存在することがわかるなど、宇宙の活動性の新たな側面も明らかにされつつあります。このように21世紀の天文学はいくつもの新しい宇宙観の幕開きを準備しているのです。

(時を遡る)

 天文学は「過去を系統的に直接観測することができる」唯一の学問分野です。光(電磁波)の速度は大きいといえども有限で、宇宙は莫大な空間スケールを持っています。遠方の天体から出た光は地球に届くまでに時間がかかるため、その分だけ過去の姿を見せているのです。このことを利用して人類は今や、宇宙の誕生(インフレーションに続くビッグバン)から銀河に満ちた今日の宇宙に至るまで138億年にわたる宇宙の進化の大筋を、観測データと物理法則に基づいて記述できるまでになったのです。マイヨール、ケローとともに2019年のノーベル物理学賞を受賞したジェームズ・ピーブルスの受賞理由「物理的宇宙論における理論的発見」はまさにこの分野への貢献を表しています。時間と空間の始まりである宇宙の起源はまだ十分に理解されていませんが、活発な研究がされていて新たな学問の萌芽となる可能性があります。

(私たちのルーツ)

 物理法則に基づく宇宙の記述から、物質世界の基になっている「多様な元素の起源」も理解が進んでいます。ビッグバンから約3分後までの宇宙の中で、最も軽い元素である水素とヘリウムが作られました。それより重い鉄までの元素は、ビッグバン後に誕生した星の中心部で作られました。夜空に輝く星の中では現在でも元素が作られているのです。鉄より重い元素は、大質量の星が一生を終えるときの超新星爆発や中性子星同士の合体などで作られます。私たちの体を作る炭素や窒素や酸素などの元素は、最低一度は銀河系内のどこかの星の中にあったものです。それが宇宙空間にまき散らされ、長い旅の後に太陽系にたどり着き、地球の中に取り込まれたのです。その意味では「私たちは星の子ども」なのです。

(社会との関わり)

 天文学は「社会に研究活動が開かれた」学問分野です。突然光度が増す突発天体の観測には世界中のアマチュア天文家が貢献しています。ある国では昼間で観測できなくても、夜の国、あるいは人工衛星からなら観測することができます。このため天文観測では、アマチュアもプロも含めた国際協力、全地球的共同研究が盛んなのです。最近の一例として、2017年8月17日に、二重中性子星連星が合体して発生した重力波が観測され、引き続いて全ての波長の電磁波で観測が行われた結果、この合体に伴う大爆発の中で金やプラチナなどの重い元素ができたことが分かりました。このことを報告した論文の著者リストには、多数の国に属する3677人もの研究者の名前があり、国境を超えた共同研究によって初めて実現できた成果であることが分かります。こうした国際共同研究の前提となる世界平和の意義を改めて考えさせられます。また天文学の観測データは、衛星観測でも地上観測でも、多くのものが公開されています。学術文献も公開が進んでおり、ネットワーク環境さえあれば世界中どの国でもだれでもが先端の研究に参加できます。
 天文学は社会に研究活動が開かれていることもあり、「科学コミュニケーション・アウトリーチ活動を通じて実社会との関わりが強い」学問分野です。宇宙の始まり、生命の起源など、人類の知的好奇心の核心部分に答えようとする学問であるため、年齢や性別を問わず宇宙への関心は比較的強く、マスコミでも成果がしばしば取りあげられます。2016年2月の「重力波検出報告」や2019年4月の「ブラックホールの影の撮影」などの例に見られるように、画期的な成果は大々的に世界に報道されます。多くの科学館で天文・宇宙は重点的に扱われ、多数の公開天文台が運営されています。宇宙は市民講演会の主題としてもしばしば取り上げられます。このような背景から天文の研究者・教育者は一般に科学コミュニケーション・アウトリーチ活動を熱心に行う傾向にあり、社会人や児童・生徒の科学への興味を醸成することに貢献しています。大学で天文学の教育を受けた者の進路(キャリアパス)としては、天文学および関連分野の研究者、宇宙関連産業の技術者(エンジニア)、初等中等教育における理科教員はもとより、博物館・科学館等の学芸員やプラネタリウム解説員、科学ジャーナリスト、サイエンスライターなど、総合科学としての天文学のバックグラウンドを活かした多様なものがあります。
 国際天文学連合(International Astronomical Union: IAU)は総合科学としての天文学の特性を踏まえて、2009年のリオデジャネイロ総会で、「社会発展のための天文学」というタイトルの「戦略プラン2010-2020」を採択しました。その成功を背景に、2018年のウィーン総会では、新たな「戦略プラン2020-2030」[4]が採択されました。そこでは、天文学の研究を推進することに加えて、「天文学のインクルーシブな発展を促進する」、「社会発展のための手段として天文学の利用を推進する」、「市民の天文学への関わりを促進する」、「学校教育レベルで天文学の利用を推進する」、という社会との関わりが深い目標が設定されています。「社会発展のための天文学利用」は、主に発展途上国の若者に天文学への関心を持ってもらうことが、さまざまな学問分野への入り口となって最終的に社会の発展につながることを意図しています。また、多くの人に知って欲しい「天文学の主要概念」をまとめた冊子[5]も刊行しています。IAUはこの戦略計画の推進により、国連で定められた「持続可能な開発目標[6]の約半数のターゲットに貢献できると考えています。このように天文学は社会との関わりが深く、社会を変える可能性を持っています。

 古代文明において天体は宗教的な対象でしたが、その運行の規則性が計画的な農業を行うために役立つことから天文学が生まれたと言われています。最古の学問の一つである天文学は、人類の世界観に大きな影響を与えたことに加え、暦の改良や航海の道しるべ、また日常生活の時刻の保時など社会の要請にも答えつつ発展を続けて来ました。天文学を行う上で開発された技術は、多くの分野に応用され市民生活にも役立てられています[7]
 今から数百万年前にアフリカで誕生した人類は、その知的好奇心により、自らの究極のルーツは宇宙にあることを理解するまでに至りました。その人類の偉大な歩みを支えてきた大きな力の一つが天文学なのです。

注記と参照文献

[1] この文章は、日本天文学会の「大学で学ぶ天文学」の骨子を解説したものです。
 「大学で学ぶ天文学」

[2] 天体物理学や宇宙物理学も天文学とほとんど同じ内容を扱いますが、ここではそれらを区別せず、全体を含んで天文学と呼ぶことにします。

[3]「インクルーシブ(inclusive: 誰も排除しない)」とは、国籍、民族、宗教、性別や性的特性、障がいの有無などにかかわらず、すべての人を対等に平等に「みんないっしょに」扱う考え方およびその状態を指します。エクスクルーシブ(exclusive)の反対を意味する語。

[4]「IAU戦略計画2020-2030」 国際天文学連合(IAU)、2018年8月
英語版 https://www.iau.org/administration/about/strategic_plan/
日本語版 https://tenkyo.net/activity/iau-publications/iau_strategic_2019_jp/

[5]「Big Ideas in Astronomy」
(日本語版:ビッグアイデア-天文学の主要概念-)
国際天文学連合(IAU)C1委員会 2020年1月(第1版)
英語版 https://www.iau.org/static/archives/announcements/pdf/ann19029a.pdf
日本語版 https://tenkyo.net/activity/iau-publications/big_ideas2020/

[6] 2015年9月の国連サミットで採択された、持続可能な世界を実現するための国際目標。Sustainable Development Goalsの頭文字をとってSDGs(エスディージーズ)と呼ばれています。国連加盟193か国が2016年-2030年の15年間で達成することを目指しています。地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)持続可能な世界を実現するための17のゴールと、それらの下に169のターゲットが掲げられています。
SDGsの日本語仮訳 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/000101402.pdf

[7]「From Medicine to Wi-Fi; Technical Applications of Astronomy to Society」
(日本語版:「天文学の技術と私たちの生活 医療からWi-Fiまで」)
国際天文学連合(IAU)、2019年5月(第1版)
英語版 https://www.iau.org/public/images/detail/ann19022a/
日本語版 https://tenkyo.net/activity/iau-publications/from_medicine_to_wi-fi/